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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1439号 判決

控訴人 被告人 出来栄

弁護人 鶴田常道

検察官 納富恒憲

主文

本件控訴を棄却する。

当審未決勾留日数のうち九十日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人鶴田常道の控訴趣意は、同弁護人および被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

(一)弁護人の控訴趣意第一点(採証法則違背)について。

原判決が判示第一二の詐欺の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として引用する、所論の的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書は、所論のように、検察官より判示第六の詐欺の事実を証明すべき証拠として提出され、被告人及び弁護人においてこれを証拠とすることに同意し、証拠調が行われたものであること、原審第一回公判調書の記載によつて明らかである。

所論によれば、右の供述調書のうち、判示第一二の事実に関する供述部分はすべて他人の供述を内容とするいわゆる伝聞に属し、これを証拠とすることに被告人の同意があつたものとは解されず、従つて、右の供述調書は、判示第一二の事実に関する限り証拠能力を欠くものとしなければならないというのである。

よつてまず、判示第六及び第一二の各詐欺の事実と、右供述調書の記載内容とを仔細に対比検討するのに、判示第六の事実は、被告人は昭和二九年三月四日頃福岡県筑紫郡日佐村大字井尻的野熊次郎方において、返済の意思がないのにあるように装い同人に対し「明日は必ず返すから貸してくれ」と嘘をいつて同人を欺罔し、同人から一、五〇〇円の交付を受けて寸借名下にこれを騙取した旨、判示第一二の事実は、被告人は同月七日頃同村大字井尻材木商藤勇三郎方において、代金支払の意思がないのにあるように装い同人に対し「下宿先の家を修理するから材木を売つてくれ、代金は三月一〇日に支払う」と嘘をいつて同人を欺罔し、同人から杉三寸五分角五本外木材三種(時価合計一〇、二六〇円)の交付を受けて買受名下にこれを騙取した旨の事実であり、的野熊次郎の右供述調書の記載によれば、(い)、的野は居村日佐村の村会議員であり土木委員であつて昭和二八年一、二月頃同郡那珂町所在福岡県那珂土木事務所によく出入していた関係から、当時同土木事務所に勤務していた被告人と面識があつた。(ろ)、被告人は昭和二九年三月三日頃的野のもとに赴き同人に対し「自分は那珂土木事務所に勤務していて今隣村の河川工事の測量からの帰途であるが、実は家の縁先造築用の木材が入要であるので、あなたの顔をきかせて井尻の藤材木店から木材を少し借りてもらえないだろうか」との旨を申入れ、的野より名刺の提供方を求められるや、那珂町土木事務所出来栄、住所筑紫郡大野町瓦田一七一と記した名刺を的野に交付した。(は)、的野は、被告人が那珂町土木事務所に勤務している身もとの確かな者であり、木材代金は確実にこれを支払うものであると信じ、かねて親交のある藤材木店に被告人とともに同道し、主人が留守であつたので番頭に被告人を紹介し、「この人が来られたら木材を渡しておいて下さい、間違いないと思いますから」との旨を依頼したところ、被告人は、その代金は三月一〇日頃には間違いなく支払うと申していた。(に)、その後、藤勇三郎が的野のもとに赴いて語るところによれば、「藤において三月七日判示木材を被告人に交付したが、被告人は約定の日を過ぎてもその代金を支払わないので土木事務所に問い合せたところ、被告人はすでに昭和二八年中に同事務所を辞めているという返事であつた。」(ほ)、的野はその話を聞いてはじめてだまされたと気がついた。そして被告人から聞いていた住所等について種々調査したがついに被告人の住所は判明しなかつた。(へ)、なお三月四日頃被告人は的野のもとに赴き「建築の方はとりやめることにした。今日はパチンコに負けた。明日は必ず返すから一、五〇〇円程貸してくれないか」と申すので、的野は、被告人が藤材木店より木材を受取らぬようになつたのであれば好都合であると思い、それでは明日必ず返してくれといつて一、五〇〇円を被告人に交付したが、被告人はいまだにこれを返さない、というのである。すなわち、右供述調書のうち、主として判示第六の事実に関係があるのは右(へ)項の部分のみであつて、他の部分はことごとく判示第一二の事実に関連する事項であり、なお、伝聞に属する部分は、わずかに右(に)項のみに過ぎず、右(に)項以外はすべて供述者的野自身の直接経験を内容とする供述であつて、しかも同供述部分は、判示第一二の事実に関する被告人の自白を補強するのに十分であることが明らかである。従つて、右の供述調書のうち、判示第一二の事実に関する部分がすべて伝聞に属するものであるとする所論はあたらない。

よつて進んで、右の供述調書を判示第一二の事実認定の証拠としたことの当否について審究するのに、そもそも刑訴規則第一八九条第一項に、証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならないと規定し、同条第四項に、前各項の規定に違反してされた証拠調の請求は、これを却下することができると定めているのは、証拠調の請求という方法による攻撃防禦の焦点を明白ならしめることによつて、一方においては相手方当事者の訴訟上の利益をはかるとともに、他方においては証拠調の範囲の決定その他裁判所による訴訟進行の円滑適正に資する趣旨をも包含しているものと解せられる。従つて、或る事実立証のためとして提出された証拠を、他の事実認定の証拠として用いる場合においては、いやしくも不当に訴訟当事者の利益を害することのないように深甚の配慮を要することは、もとより言をまたないところではあるが、或る事実立証のためとして提出された証拠であつても、当該訴訟における諸般の事情に照らして、不当に訴訟当事者の利益を害するおそれがないと認められる場合においては、これを他の事実認定の証拠として用いることができるものと解するのが相当である。

今、本件についてこれを見るのに、本件公訴事実は、一六箇の詐欺と二箇の横領都合一八個の犯罪であつて、原判決引用にかかる被告人の警察、検察庁ならびに原審公判における供述によれば、被告人は終始右の犯罪事実全部を自白してこれを争つていないことが明らかであり、記録上その補強証拠にも何ら欠くるところなく、現に、判示第一二の事実の補強証拠としては、的野熊次郎の前明記供述調書のほかに、判示第一二の事実証明のためとして検察官より提出され、証拠とすることについての被告人の同意があつて、証拠能力に欠くるところがなく、その内容も補強証拠たるに十分であると認められる、藤材木商店名義の請求書の存することも記録上明らかであり、被告人の自白の任意性または補強証拠の真実性を疑うべき何らの事由も認められず、殊に、原審公判調書によれば、被告人は、的野熊次郎の前記供述調書については、検察官の請求にかかる他の証拠全部と共に何らの留保をとどめることなくしてこれを証拠とすることに同意しているのであつて、右の同意をもつてそれが特に判示第六の事実に限定しての同意であると解すべき格別の事由は全く存しない。以上各般の事情は、判示第六の事実証明のためとして提出された的野熊次郎の前記供述証書を、判示第一二の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として用いることによつて、不当に被告人の利益を害するおそれのない事情にあたるものと認められ、右の供述調書は、判示第一二の事実に対する関係においても、これを証拠とすることについて被告人の同意があつたものと解せられ、同供述調書は、判示第一二の事実に対する関係においてその証拠能力を否定すべきいわれなく、従つて同供述調書を判示第一二の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として用いた原判決には、何ら違法の点はないというべきである。論旨は採用の限りでない。

(二)被告人の控訴趣意(事実誤認等)について。

原判決摘示の事実は、原判決の挙示引用にかかる証拠によつてすべてこれを認定するのに十分であり、証拠の取捨に関する原審裁判官の措置、証拠の証明力に関する原審裁判官の判断に、経験法則の違背等特に不合理とすべき事由なく、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。なお、所論の供述が所論のような強制、誘導等によるものであることを疑うべき何らの事由も存しない。論旨はすべて理由がない。

(三)弁護人および被告人その余の控訴趣意(量刑不当)について。

記録並びに証拠に現われている諸般の犯情に照らし、原判決の刑の量定は相当であると認められ、特にこれを不相当とすべき事由なく、所論の諸点を参酌考量しても、なお原判決の刑の量定が相当でないものとは断じ難い。論旨は採用の限りでない。

その他原判決を破棄すべき事由がないので、刑訴第三九六条により本件控訴を棄却し、未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二一条、訴訟費用の負担につき刑訴第一八一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

弁護人鶴田常道の控訴趣意

第一点原判決は、判示第十二の犯罪事実認定の証拠として被告人の原審公判廷における供述、同人の検察官及び司法警察員に対する供述調書の外的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書をあげており、原判決列挙の証拠中右以外に判示第十二の犯罪事実を認定すべき証拠は存しない。

ところが的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書は、原審第一回公判廷において検察官より追起訴状第五の犯罪事実(原判示第六の犯罪事実)を立証すべき証拠として証拠調の請求がなされ、これに対し被告人及び弁護人は原判示第六の事実立証の証拠として「証拠とすることに同意」したので証拠調が施行せられたものである。(原審第一回公判調書、一八丁以下、二七丁裏御参照)右的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書中には判示第六の事実に関する供述の外判示第十二の事実に関する供述の記載がある。然しながら判示第十二の事実に関する供述の記載部分は同人が直接見聞した事実ではなく、同人が他人から又聞きしたことの供述である。即ちこの部分は二重の伝聞証拠であつて、被告人又は弁護人が特に証拠とすることに同意しなければ判示第十二の事実の証拠となし得ないものであることは言うまでもない。

そこで「証拠とすることに同意する」という訴訟行為の意味についてさらに考察するのに、例えば供述者が他人が斯々のことをしたと言つたのを聞いたという供述をする場合に、その供述は「その他人が斯々のことをしたと言つた」と謂う事実に関しては直接の証拠であり、「その他人が斯々のことをした」と謂う事実に関しては伝聞証拠に外ならない。それ故に右の供述の立証の趣旨が「その他人が斯々のことを言つた」という事実の立証に在るとすれば、反対当事者の異議の有無に拘らず証拠能力があるが、立証の趣旨が「その他人が斯々のことをした」という事実の立証にあるとすれば、それは反対当事者の「証拠とすることの同意」なくしては証拠能力のないものとして取扱はれなければならない。

刑事訴訟規則第一八九条第一項に、証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならないと規定されているのは、前述の場合のように立証の趣旨如何によつて或る証拠の証拠能力の有無が判断されるが故に外ならず、そして又その証拠調請求に対する反対当事者の意見乃至は同意不同意は、その証拠と証明すべき事実との関係を離れてはなされ得ないからに外ならない。

かく考えるならば、本件において被告人および弁護人は、的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書を証拠とすることに同意したのは検察官がこれを判示第六の事実を証明すべき証拠として証拠調の請求をしたので判示第六の事実を証明すべき証拠とすることに同意し、その限りにおいてその証拠調に異議を述べなかつたものと解すべきである。

本件のように公訴事実が十八もあり、それつが別個独自の犯罪であるような場合に、一の事実の証拠とすることに同意された書面はその内容がさらに伝聞事項であると否とに拘らず常に他のいかなる公訴事実の証拠としても証拠能力あるものと解することは、伝聞証拠の証拠能力を制限し、而もその証拠能力の制限は被告人の「証拠とすることに同意する」訴訟行為によつてのみ除かれ得るに過ぎないものとしている刑事訴訟法の証拠法則を無視する結果を招来し、且つ訴訟の過程において被告人に対して陥穽を設け、後に不意打の結果の甘受を余儀なくさせることになるのであつて、吾人の到底左祖するを得ない見解である。

被告人及び弁護人が的野熊次郎の前記供述調書を判示第十二の事実について証拠とすることについて同意していないことは勿論、判示第十二の事実について証拠調がなされるとの認識のなかつたことは、原審第一回公判調書の記載により明らかなところである。従つて的野熊次郎の司法警察員に対する供述調書は原判示第十二の事実を証すべき証拠としては、適法な証拠調もなされておらず又証拠能力のないものであると謂はなければならない。

然るに原判決が右供述調書を原判示第十二の事実認定の証拠としたことは刑事訴訟法第三百二十条の規程に違反したものであり、且つ右の証拠を除いては原判決列挙の証拠中原判示第十二の事実を認定すべき証拠は被告人の自白以外にはないので原判決は破棄を免れないものと思料する。

第二点被告人は短期間内に判示の如き犯罪を累行しているが、昭和二十七年三月鹿児島県立薩南工業学校卒業以来同二十九年一月まで習い修めた専門の土木関係の職を得て働いて来ていたものであり、(被告人の司法警察員に対する供述調書、記録一〇五丁以下)一月五日頃土木業の馬場組をやめて後生活に窮し本件犯行に及んだもので、現在は深く悔悟している(被告人の上申書、一六一丁)被告人にはその生活につき監督をうくべき、国立嬉野病院に勤務中の実兄中島清文があり又自ら土木関係の技術を持つているので、真面目に働く意思さえ堅持すればその更生も難くないと思はれる。右の事情にあり、年も若く犯罪の前歴もない被告人に対して、原審が科した懲役一年六月の刑は些か重きにすぎると思はれる。

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